パワーエレクトロニクス

パワーエレクトロニクスとは?

パワーエレクトロニクス(パワエレ)は、電力を適切な電圧や電流に変換する技術です。パワエレは「電力工学」「制御工学」「エレクトロニクス(半導体工学)」の技術を組み合わせて電力変換を実現します。この技術は家電製品、電気自動車、再生可能エネルギーシステムの設計、船舶や航空宇宙分野における製品の電動化にも貢献しています。パワエレの代表的な役割として、下記の2つが挙げられます。

  • 役割1:電気エネルギーを適切な電力・電圧に変換
  • 役割2:電力変換時のエネルギーロスの低減

役割1:電気エネルギーを適切な電力・電圧に変換

日本の家庭用コンセントからは交流(AC: Alternating Current)で電圧実効値100Vの電気が供給されていますが、スマートフォンを充電するには直流(DC: Direct Current)で直流電圧5Vの電気が必要です。このときスマートフォンの充電に適した電圧と電流に変換を行っているのが電力変換器です。仮にスマートフォンに直接コンセントを繋いだとすると機器が故障し、人が感電する可能性があります。パワーエレクトロニクス技術によって電気を適切に変換することで、電気機器を安全に利用することができます。

電力変換器がない場合(左)とある場合(右)の比較を示しています。左側は100Vの交流電源が直接スマートフォンに接続され、感電や機器の破損リスクが発生。右側は電力変換器を介し、100V交流を5V直流に変換して安全にスマートフォンへ供給しています。

図1: 電気エネルギーを適切な電力・電圧に変換

役割2:電力変換時のエネルギーロスの低減

パワエレ技術を用いることで、電力変換器はより少ない電力変換損失で電力を所望の電圧・電流に変換することができます。仮に図の左側で示すようにパワエレ技術を使わずにEVへの充電器を作ったとすると、電力ロスによりEVに送られる電力が減少し、変換時に発生する熱を冷却する機構が必要になり設備が大型化してしまいます。図の右側に示すようにパワエレ技術を活用して電力変換損失を下げることでシステムの小型化を実現しながら、効率的に電力をEVに供給することが可能になります。

電力変換器の有無や変換方式の違いによるエネルギーロスの比較図。従来の電力変換器では損失が大きく、システム効率が低下。一方、パワエレを使った電力変換器では熱損失が低減し、より多くの電力が電気自動車や機器に安全に供給される様子を示す。

図2: 電力変換時のエネルギーロスの低減

パワーエレクトロニクスの将来性は?

パワーエレクトロニクスの代表的な2つの役割は人類が電力を安心して継続的に利用するために不可欠な技術です。人類が地球に住むことを持続可能にするために設定された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」に掲げられている「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」や「つくる責任、つかう責任」といった普遍的な社会ニーズに貢献しています。これからも、多くの企業や研究機関がこのパワエレ技術を発展させていくと考えられます。

技術的な観点から見ても、パワエレには成長が期待されています。特に、パワー半導体スイッチにおいて、従来使用されていたシリコン(Si)に比べ、より高い耐電圧性を持ち、高速スイッチングが可能なシリコンカーバイド(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化ガリウム(GaO)、そしてダイアモンド半導体などの素材でパワー半導体を設計・量産するための研究が行われています。これらの実用化が進めば、さらに高効率・小型な電力変換器の実現が見込まれています。材料の研究だけはなく、これらの新素材を用いたパワー半導体に適した新しい制御方式・回路方式の探求が行われています。

パワーエレクトロニクス技術者には将来性があると言えます。パワエレ技術者は、社会ニーズを把握しながら、設計対象である電力変換システムに適切な設計アプローチを選定することが求められます。彼らは、小型、高電力効率、ローコストで安心・安全な電力変換性能を持つ装置を実現するために様々な設計要素や制約を満たす複雑かつ高度な設計を行うスキルを持っています。したがって現代社会の基盤である電力の供給と利用を支えるパワエレ技術者は、今後の社会にとってますます必要不可欠な存在と言えるでしょう。

パワーエレクトロニクス技術の実活用例

電源システム(コンバーター)

電源システムおよびコンバーターは入力された電力を所望の電圧・電流に変換するシステムです。コンバーターの種類としては、下記図の通り、まず4つの電力変換方式に分類され、各々でスイッチデバイスの数・回路構成・電力搬送方向(単方向 or 双方向)といった区分ごとに更に詳細な回路構成(回路トポロジー)が定義されています。例えば、DC/DCコンバーターの代表的な回路トポロジーとして、低い電圧から高い電圧に変換する昇圧コンバーター(Boost Converter)があります。高い電圧から低い電圧に変換する降圧コンバーター(Buck converter)があります。

DCからACに変換するコンバーターはインバータとも呼ばれます。電圧電流値だけではなく、周波数も所望の値になるようにACを出力します。

AC/DCコンバーターはACからDCに変換します。このとき力率(Power Factor)とよばれる特性を高くすることが求められる事があります。このようなAC/DCコンバーター回路は力率改善 (PFC: Power Factor Correction)と呼ばれることがあります。

AC/ACコンバーターは異なる電圧・異なる周波数に変換します。AC/DCコンバータとインバータを組み合わせて構成される場合もありますが、単一のコンバータでそれを実現する回路トポロジー(Matrix Converterなど)も提案されています。

交流(AC)と直流(DC)の電力変換方式を示す図。AC/DC(交流から直流)、DC/DC(異なる直流電圧)、DC/AC(直流から交流、インバータ)、AC/AC(異なる電圧・周波数の交流)への変換方法を、波形のイラストと共に4段階で説明している。

図3: コンバーターの電力変換方式

電源システムの用途として以下の製品があります。

  • 家電・スマートフォン・PC・サーバ用電
  • 産業機器用電源・インバータ装置
  • 車載充電器(オンボードチャージャー)
  • 電気自動車用急速充電器
  • 自動車・特殊車両・船舶・飛行機の補機駆動用電源
  • 非接触給電電源(スマートフォン用、産業機器用)

モーター駆動システム

モーター駆動システムは主にモータードライバーとモーターによって構成され、電力を所望な動力に変換するシステムです。モーターは電気エネルギーを動力に変換するデバイスです。モーターには様々な種類があり、それらのモーターを回転させるために必要な電圧・電流・周波数はそれぞれ異なります。モータードライバーは上位コントローラーからの指令に基づいて、モーター制御します。具体的にはモーター回転速度・トルク指令情報に基づいてモーターに供給する電力を適切な電圧・電流・周波数に変換するよう制御します。それによりモーターは各システムに適した所望の動力を出力します。

モーター駆動システムの構成図。上位コントローラから回転速度やトルク指令信号がモータードライバに入力され、電力も同時に供給される。モータードライバとモーターで構成されるシステムが動力を生み出し、自動車、クレーン、電車、ロボット、エレベーター、工場設備など様々な機械装置へ動力を供給する様子を示している。

図4: モーター駆動システム

モーター駆動システムの用途として、以下の製品があります。

  • 電気自動車・ハイブリッド自動車
  • 鉄道
  • 船舶内の推進装置
  • ドア・ワイパー・パワーステアリング
  • 飛行ドローン
  • Factory Automation用サーボ
  • 農機・建機備用アクチュエータ
  • エアーコンディショナ
  • エレベータ・エスカレーター
  • ロボット用アクチュエータ

蓄電システム

蓄電システムはバッテリーマネジメントシステム (BMS: Battery Management System)と双方向コンバーターを組み合わせたシステムです。BMS はバッテリーの動作変数(電池が許容される温度以上になっていないか、電池寿命を短くする動作をしていないか等)を監視および管理するように設計された高度な電子およびソフトウェア制御システムで、双方向コンバーターはBMSの管理に従ってバッテリーへ電力の出し入れを行います。

蓄電システムの構成図。左から「充電」矢印が入り、双方向コンバータを経由してバッテリーセルまたはパックに充電される。バッテリー管理システム(BMS)がバッテリーの温度や寿命を監視し、最適な充放電を制御。右側から「放電」矢印が出ている。全体が青色の枠内にまとめられている。

図5: 蓄電システム

主な蓄電システムの用途として、以下の製品があります。

  • 自動車用バッテリー
  • 鉄道・農機・建機・航空宇宙製品の補機用バッテリー
  • ラップトップ・スマートフォン用バッテリー
  • 発電設備バックアップ向け大型蓄電システム
  • 無停電電源装置 (UPS: Uninterruptible Power Supply)

複数の電力変換システムを統合した電力システム

太陽光、風力、地熱などの自然エネルギーを利用する再生可能エネルギーは気象条件による発電量の変動が大きいことが課題です。こういった変動の大きな発電源の比率が増えると電力系統の安定性は低下し、停電のリスクが高まります。

再生可能エネルギーの活用例を示す図。太陽光、風力、地熱、波力、バイオマスの5種類の再生可能エネルギーが分かりやすいアイコンと共に並んでいる。各エネルギー源の特徴を視覚的に表現し、持続可能なエネルギー利用の重要性を示している。

図6: 再生可能エネルギー

このような課題の解決のために、複数の電力変換システムを統合した電力システムが活用されます。例えば双方向電力変換器を用いて、再生可能エネルギー由来の電力を蓄電池に充電させておき、再生可能エネルギーの量が需要に対して少ない場合は蓄電地から放電することで、電力需要に合わせた電力を供給することができます。

再生可能エネルギーと蓄電池を使った電源システムの概念図です。太陽光や風力などの再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせて、電力変換器や双方向変換器を用いて家庭や工場へ安定した電力を供給する仕組みを示しています。発電と消費のバランスを蓄電池で調整し、電力のムダやムラを抑えることができます。

図7: 再生可能エネルギーと蓄電池を使った電源

たとえ再生可能エネルギーを用いていないシステムであっても、需要と供給のバランスを取らなければならない課題があります。例えばEV・船舶・航空機・工場・ビル・データセンターなどは周囲の環境やユーザーによる操作によって、システムに内包されたコンポーネントが利用する電力量が変化しますので、電力バランスを統制するエネルギーマネジメントシステムが必要になります。

このような複数のコンバーターやモーター駆動システム、蓄電システムを組み合わせた大型の製品例として、以下の製品があります。

  • 電気自動車(EV)
  • マイクログリッドシステム
  • 仮想同期発電機
  • 系統連系装置(パワーコンディショナ、ソリッドステート変圧器など)
  • 電力系統機器(STATCOM(静止型無効電力補償装置)、HVDC(高圧直流送電システム))
  • Vehicle to Grid: V2G
  • Home Energy Management System: HEMS
  • Factory Energy Management System: FEMS
  • ビル・データセンター・船舶・航空機などの大型設備のエネルギーマネジメントシステム

パワーエレクトロニクス技術の習得方法

パワーエレクトロニクス技術の習得には多岐にわたる技術知見と実務経験が必要です。特に、実機の振る舞いや制約条件を理解するための実機実験・検証は欠かせません。一方で、実機だけでの技術習得は時間や場所の制約が多く、学習の効率化に課題があります。効率的な技術習得の手段として、実機検証と並行して、シミュレーションを活用することおすすめします。回路理論・制御理論に基づいてシミュレーションモデルの作成・動作検証を行い、その結果と実機検証結果と比較を行うことで、パワエレ技術の理論と実践についてより効率的に理解を深めることができます。

ここでは、パワーエレクトロニクス技術習得に役立つ情報、ツール活用におけるヒントを提供する参考資料、最後にパワーエレクトロニクス技術に関するMathWorks製品活用事例、チュートリアルと例についてご紹介します。

まずはここから

シミュレーション活用における考え方・ツールを使いこなすTipsがほしい方

ツール活用した設計フローを把握したい方

次世代のパワエレシステム設計手法についての情報をお求めの方

MBD(モデルベース開発)を活用した電力システム設計事例

ご紹介した実活用例では、システムが達成すべき仕様・要件を満たすように、システムの各要素を設計する必要があります。これらの仕様要件を実機で全て検証するには時間と設計コストが過大になります。そのためシステム動作を模したモデルとシミュレーションを活用することで時間と設計コストを低減するMBD (モデルベース開発)と呼ばれるアプローチが採用されることがあります。

MBD(モデルベース開発)は、もともとは制御ソフトウェアの開発手法として登場しました。制御開発の上流工程において、コントローラーに実装する制御モデルと、制御対象となるプラントモデルを組み合わせたシステムのふるまいを検証する手法です。パワーエレクトロニクス技術を用いたシステム設計においても制御・プラントモデルの振る舞いをSimulinkやSimscapeなどのツールを使ってモデリングすることで、実機実験の前にシステムの成立性を検証することが可能になります。プロジェクト初期段階で課題を顕在化させることで手戻りを減らし、結果的にプロジェクトに必要な工数削減に繋がります。

パワーエレクトロニクスシステムにモデルベースデザインを適用することで、制御設計担当者と回路設計担当者がシステムモデルを共有し、設計初期段階で不具合の早期発見や、モデルによる計画的な実験が可能になる様子を示す図。両者の連携で効率的な開発が実現することを表現しています。

図8: パワーエレクトロニクスシステムにモデルベースデザインを適応することで得られる恩恵

<代表的な事例>

電動化関連のアプリケーションでの事例一覧はこちらをご確認ください。

著者

MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部 鎌谷 祐貴

MathWorks Japan アプリケーションエンジニアリング部 鎌谷 祐貴

前職でFA向け電源量産設計、R&D部門にて太陽光発電用インバータの制御技術開発を経て現職。現職では、日本の製造業向けにシステムズエンジニアリングとモデルベースデザインの界面をつなぐための技術支援を行う。特に電力変換システムのモデリングとシミュレーション解析を得意とする。電気学会、電子情報通信学会に所属。修士課程では、脳機械インターフェースの研究に取り組んだ。


参考: パルス幅変調 (PWM), ブラシレスDCモーター 制御, パワーエレクトロニクス シミュレーション, バッテリーの充電状態 (SOC), ベクトル制御